安倍川、大井川の旅
静岡の旅 その7


H23.12.23〜26

駐車場から3分ほど舗装路を歩くとそこからは
写真のような山道の登りが始まります。
10分程度登ると景色が開けてきます。
眼下には水窪(みさくぼ)の町が見えます。
この城は三角山(標高420m、麓からの高さ150m)
の頂上部にあり、水窪の町とそこを通る秋葉街道を
押さえる防衛上の拠点として築かれたものだそうです。
さあ、いよいよ大手門から城内へ・・・
ちなみに無料で24時間開放されています。
二の曲輪から見た本曲輪。
本曲輪には左側に井楼櫓(せいろうやぐら)
右に稲荷神社(後世の再建のようです)があります。
楽しみにしていた井楼櫓ですが鍵が掛っていて
中には入れませんでした。

井楼櫓:木材を組み上げただけの櫓のことだそうです。
二の曲輪に向かう道からの本曲輪。
二の曲輪からの本曲輪。
各曲輪の間には堀切(尾根などを人工的に削ったもの)
が掘られています。
堀切の底。
二の曲輪と三の曲輪の間の堀切です。
一番南にある三の曲輪。
二重堀切越しに見る三の曲輪。
高根城は15世紀前半に奥山氏が築城した城と
言われています。
15世紀後半には今川氏の勢力下に置かれていましたが、
奥山氏一族の中で今川、徳川、武田のいずれに
属するかで争いが起こり1572年(元亀3年)には
武田氏の支配下になっていたようです。
1576年(天正4年)長篠の戦で敗れた武田軍の勢力が
この地域から一掃された時に、廃城になったと
言われています。
水窪町の市街地。
国道152号線沿いに「国盗り」という
食事処兼土産物屋があります。
本当は食事がしたかったのですが
時間もないのでおはぎや・・
とちもちを買って
お昼御飯にすることにしました。
飯田線の向市場駅から分岐する県道で
天竜スーパー林道(山住峠)方面を目指します。
山住峠は標高1107m。
峠近くに来ると路面はご覧のありさま。
山住峠には山住神社の看板があります。
「ほこら」のようなものかな?と思いつつ行ってみると・・
結構大きな神社です。
その昔、徳川家康が三方が原の合戦で武田勢に破れ
ここ山住に逃げ込んだ時、山全体が鳴動し、
ウォーウォーという山犬の大音声がおこり、
武田勢を退散させたという伝説があるそうです。
以来、徳川家康の崇敬を受けたそうで、
神紋も葵の紋となっています。
山住神社に入ると目につくのは杉の巨木。
和銅二年(709年)神社創建の頃御神木として
植栽されたものと推定され樹令1300年余だそうです。
根周り10m、高さは40mほどあります。
写真を撮り忘れてしまいましたが
神社入り口には狛犬の代わりに山犬が鎮座しています。
山住峠を越えて気田川方面に向かいます。
気田川です。
深い渓谷沿いに細い道が延々と続きます。
非常にマイナーな道ですが
今回が4回目の訪問です。
紅葉の時期は大変綺麗なのですが
道が狭いので車が停めれず写真も満足に撮れません。
そして気田川沿いを走る県道389号線
最大の見どころ??は
昭和34年に廃止された気田森林鉄道の小石間隧道です。
小石間隧道は気田森林鉄道と道路が兼用するトンネルとして
建設されたもので鉄道の線路はトンネルの中心より片側に
寄って敷設されていたそうです。
道路兼用トンネルといっても中は鉄道トンネル
そのものです。
これでも拡幅工事(昭和47年)を受けています。
全長は700mあまりで中間点にすれ違いの
ための待避所があります。
帰りに道の駅「春野いきいき天狗村」に寄りました。
食堂ではなぜかマグロの刺身やお寿司が売ってました。
大変美味しそうだったのですが・・・
今回はおでんと・・・
五平餅を買いました。
天竜川ともお別れです。
掛川在住2日目の夜が更けていきます。


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