志賀・草津の旅

その2

 志賀・草津道路を長野県側に抜けて、小布施町に向かう。実は以前から是非訪れてみたい場所があったのだ。
小布施町にある「岩松院」である。小林一茶の句碑や葛飾北斎の絵で有名なお寺なのだが、今回の目的は
別にある。本堂の左手を回ると小さな門があり。そこをくぐると小さなお堂が現れる。
かの「賎ヶ岳七本槍」筆頭。福島正則の霊廟である。説明書きのサムネイルを見てもわかるとおり、悲運の
武将であった彼はこの信州の片隅でひっそりと息を引き取っている。お堂には今も花が供えられている。
なんとも美しい光景だが実は造花なのだ。寺を訪れる人は多いが彼の墓を詣でる人はまれなようだ。


 
平野に降りると春爛漫です              小布施町の岩松院

 
本堂の左側を回ると…                小さなお堂が現れます

  
お堂には花が生けられてます             説明書きです
                          (クリックで拡大、ブラウザの「戻る」で戻ります。

松代へ
 

 小布施町を後にして、今度は松代に向かう。戦時中に建設された「松代大本営跡」を見るためである。
町はずれにある「それ」はこじんまりとしていてなにより立ち入り禁止であった。ダマサレタ!!と思ったのも
つかのま一般公開されている地下壕が他にあると聞き、そちらに向かう。

       
大本営跡(舞鶴山地下壕。天皇の御座所が作られる予定でした)  説明書き
                                               (クリックで拡大、ブラウザの「戻る」で戻ります。

たどりついたのは象山地下壕。官公庁とラジオ放送局が入る予定だったようで総延長は約6キロ。相当規模の
大きな地下壕です。写真では洞窟的な雰囲気のところばかり撮影してますが、奥のほうは高さ3m、幅4mくらいの
大断面の坑道が広がっています。ちなみに見学は無料です。


 
松代の地下壕入口です                ヘルメットを被りいざ中へ・・・

 
入口付近                      奥はこんな感じ

 松代といえば真田家10万石の城下町である。といっても大阪夏の陣で有名な真田幸村の子孫ではなく、
徳川家に仕えた兄、信之の子孫たちではあるが・・・せっかくなので少し見物することにした。
真田宝物館、文武学校、真田屋敷を巡ったのであった。日も暮れるころ、ひととおりの観光を終えて
渋温泉「わくわくの湯」(なんとかけ流しの天然温泉)に入浴、本日の宿泊場所、渋峠へと向かったのでした。


 
松代の町並み                    真田屋敷(中に入れないのが残念)

 
真田屋敷庭園                    槍道場(文武学校には他にもいろんな道場が・・・)

 
文武学校の風景                   渋温泉


日も暮れて参りました・・・


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