門司〜富山1000kmの旅
ゴールデンウイークにどこに行くか・・・今回は迷った末、山陰を旅することに決めました。
このころは仕事がかなり忙しく、「9日間も休むの〜」などと言われながらも強引に
旅立った。夜の10時頃自宅を出発、深夜2時くらいに恵那山トンネルを抜けた所にある
パーキングで車中泊、翌日は広島に宿泊して宮島観光と市内ショッピングを楽しみ、山陽道を
西下、出発から3日目にしていよいよ九州に上陸となったわけです。
(関門海峡にて) (門司港駅にて)
門司にはお昼頃着いたのでカルスト台地の平尾台や門司港駅、関門国道トンネルの人道を1往復したりしました。そしていよいよ山陰へ向かって出発です。
(国道191号線を長門市に向かう) (長門市にある湯本温泉)
まずは日本海沿いを走る国道191号線で長門市を目指すことにしました。海沿いの道を走るうちに日が傾いてきました。そろそろ今晩の宿泊地を探さなくてはいけません。この日は長門市付近に宿泊することに決定。地図をみると近くに湯本温泉という温泉があるので早速入浴しました。
記憶ではなかなかレトロな温泉だったような気がします。また山陰には珍しく国道沿いにファミレスがあったので夕飯もここで済ますことができた。この日は長門市にある人工島(長門市のポートアイランド?!)で車中泊。家をでてから3日目の夜はこうして更けていくのでした。
夜が明けて4日目、今日は長門市にある青海島観光です。といいつつ船の出港まで時間があるので昨日立ち寄った湯元温泉で朝風呂である。再び長門市に戻り、遊覧船乗り場でチケットを買い乗船した。青海島は島と言っても本土と橋で結ばれていて島の南側は小さいながらも平野があり、結構家が立ち並んでいます。ところが島の北側にまわると写真のような荒々しい海岸が姿をあらわします。写真ではわかりにくいですが島の北側は断崖絶壁が続き、遊覧船が入れる大きな洞窟があったりします。(実際、遊覧船が入っていきます)
(青海島)
遊覧船乗船後、萩市を観光し趣味である焼物(萩焼き)を購入、津和野町へと向かいました。
津和野町は静かな山あいの町でした。渋い建物が多く、おみやげ物屋には趣味のいい
おみやげ物がたくさんありました。かなりお勧めです。
(津和野の鯉<町内殿町>) (山の上のお稲荷様<津和野町>)
津和野町から再び日本海沿いを東に向かい途中、浜田駅正面の食堂にて夕飯を取った。
田舎の駅前食堂といった感じで(ただし寿司も食べれるらしい)期待していなかったのだが
これがなかなかにおいしい。お店は食べてみないとわからないものだとつくづく思った。
このあと有福温泉(江津市)へ向かう日もとっぷりと暮れ不安になるが無事、共同浴場を発見。
但し駐車場は本当に小さな温泉街の本当に町外れにあり真っ暗な夜道を歩くのは本当に怖かった。
入浴後、さらに国道9号をさらに西に走り夜の10時ごろ仁摩町にある琴が浜(鳴き砂の浜)にて
車中泊することとした。車をとめてビールを飲みつつ家から持ってきたセガサターンを楽しんだ。
カーナビの画面でも結構楽しいものだ。ふとみると空にはきれいな月が出ていた。ロングランの
疲れもあり今夜は気持ちよく寝れそうだ。
・・・がしかし、この後、我がセフィーロに深夜の来訪者がやってくるのであった。
夜が明けて5日目の朝は雲ひとつない快晴だった。今日は浜で運動会があるらしくマイクのテストで起こされてしまった。肝心の鳴き砂は・・・鳴かずじまいであった。この日の朝風呂は温泉津(ゆのつ)温泉に入ることいした。浴場は結構古く温泉も熱いお湯が印象的であった。
(琴が浜) (温泉津温泉の共同浴場)
(坑道入り口) (石見銀山の町並)
石見銀山を後にして今度は出雲大社に向かう。ここの宝物館はかなり見ものである。
豊臣秀吉などその時代時代を代表する人々からの献上品?!がたくさん陳列されているのである。
出雲大社の後は日本海に突き出た日御碕:ひのみさき(島根県大社町)に行った。断崖の岬だった
記憶がある。後で島根に住んでいたことのある人から聞いたのだがこの岬で自殺した人がいて、
例によってでるらしいのでキャンプ等はしないほうがいいでしょう。
日御崎を見たあと今度は中国山地に向かって一気に南下することにした。旅はいつも気まぐれなのだ。
まずは鬼の舌震:おにのしたぶるい(島根県仁多町)を見物する一言でいうと山あいの渓谷を
巨岩、巨石が埋め尽くしている。そんな場所である。
(日本海沿いを走る) (鬼の舌震)
鬼の舌震を見た後、さらに南へと向かうR314のループ橋を渡ると広島県に入る。
すぐ近くにヒバゴンで有名な比婆山がある。このあたりは正直かなり田舎である。
あたりに夕闇が迫る頃。本日最後の目的地である帝釈峡に着くことができた。
しかし、あたりは薄暗くなってきており十分な観光はできなかった。
駐車場にある案内図をみるとかなり面白そうなのだが・・・残念である。
日が暮れてもなお、東を目指す。今回の旅はあてもないし、宿泊予約もしてない
ので急ぐ旅ではないのだが我がセフィーロ号はラゲッジに布団が敷いてあるとはいえ
キャンピングカーではない。セガサターンを搭載しているとはいえ、ずっとゲームを
してるとバッテリー上がりの心配もある。というわけで暇つぶしと移動も兼ねて
夜間走行もすることになる。地図を見るとダムの下に露天風呂がある湯原温泉が
結構東の方にあったので今日の宿泊地は湯原温泉と決定した。後は車を走らすだけである。
新見市内で夕飯を食べた後、湯原温泉についたのは夜の8時過ぎだったような記憶がある。
温泉街に入るとさすがにゴールデンウイーク、道路は車であふれ返っている。川原に
駐車場があるのだが本当に空きを探すのは大変でした。何とか空きスペースを見つけ
るといそいそと露天風呂(砂湯)に向かう、なんと砂湯は猿山となっていた。人、人、人、
とにかく人であふれ返っている。かろうじて人の隙間を見つけ入浴に成功!!
よく見ると若い女の子も結構入っている。カップルで温泉に行く人にはこの時期は
お勧めかもしれない。お風呂を出た後、酒屋で例によってビールを買う。
ここでは国木田独歩の地ビールが売っていた。迷わず購入する。こうして5日目の夜は
ふけていくのでした。
6日目の朝が来た。今日も晴天である。いつもなら朝風呂をいただくのだが、昨日の
砂湯の光景が思い出され、さっさと出発することにする。今日は大山を観光することにした。
蒜山高原から(南側から)大山の西側を回りつつ北側の赤崎に抜けるルートである。
この道路は高原ムードがあり、所々残雪も見られたりして景色がよい道路でした。
(湯原温泉駐車場:ここで一夜を過ごしました) (大山)
日本海沿いの赤崎まできた所で、今日の宿泊地は鳥取に決定。昼過ぎには鳥取に到着。
早速宿の確保に走る。がしかし5件ほどTELしたがどこも満室。結局鳥取の宿泊は
断念することにしてなおも東に向かうことにした。まずは渋滞にはまりながら鳥取砂丘を
見物。(すいません、写真ありません)鳥取砂丘は砂丘というよりは巨大な砂山といった
感じです。砂丘の周囲の砂浜に「地上絵」を書く人が多く、砂丘の頂上からは
いくつもの「地上絵」が見れました。そして今日の宿泊地のメドもたたないまま、
国道9号をさらに東に進みます。結局ちょうど城崎温泉のそばで日が暮れてきたので
まずは城崎温泉に行くことにしました。
城崎温泉の温泉街に入ると道路の上はまたも人、人、人。我がセフィーロ号は
人をかき分け、かき分け進んでいきます。まるで東南アジアような熱気です。
温泉に入り、お土産を物色する。津和野と同じくらい趣味のいいお土産屋がたくさん
並んでいる。街も非常ににぎやかで、温泉に入ってお土産屋さんをうろうろするのには
これ以上の場所はないだろう。賑やかな温泉街を後に、今夜は日本海沿いの県道の
展望台?!のような空きスペースで寝ることにした。絶壁の上だったので星と漁船の
明かりがすごくきれいでした。
(JR山陰本線 餘部鉄橋) (夕暮れの国道を東に向かう)
出発7日目。今日で山陰の旅も終わりである。本日の朝風呂は昨夜と同じ城崎温泉である。
洞窟風呂がある一の湯に向かう。お風呂は崖の下のほろ穴風の窪みの中にあり。
なかなか良い雰囲気であった。お風呂のあとは近くの玄武洞観光に向かう。がしかしそこには
洞窟はなく玄武岩の巨大な崖があるのみであった。洞窟を期待していた私はがっかりである。
次に向かったのは出石。(いずし)古い町並みの残る町である。ここでは古い民家を利用した
博物館のようなところと名物の出石そばを食べた。出石そばは雰囲気があり実際おいしかったが
小皿にそばがのっており追加注文は自由なのだが追加していくと1600円とか結構な値段になって
しまうのは残念である。
出石をでた後、どこに行くかすごく迷ったのだが、結局そのまま日本海沿いを北陸方面に
進むことにした。まずは丹後半島を一回り。途中またも鳴き砂の浜を発見するも駐車場代が
1000円もするため観光を断念した。また丹後半島には浦島神社という神社があり立ち寄らな
かったものの、かなりの車が神社へ向かっていった。何かすごいものがあるのだろうか??
(城崎温泉) (鳴き砂の浜の近くの海岸)
天橋立はあまりの渋滞にパス。そして舞鶴市内でも渋滞に巻き込まれてしまう。
そして渋滞を抜けて4車線の快適な道を走っていると、なんと海上自衛隊の
基地の一般公開をやっているではないか!!中央分離帯の切れたところで早速ユーターン
して基地に向かう。小山のような自衛艦が何隻か停泊している。しかし入口までくると
午後3時で一般公開終了となっているではないか!時刻は3時半あと一歩だった・・・
しかたなく敦賀方面へと車を走らす。結局この日は敦賀から高速を使い福井市内のホテルに
宿泊した。
出発から8日目。いよいよ最終日を迎えたあとは家に帰るだけである。まずは高速で
富山市に向かう。歴史の好きな私は富山城を見てみたかったのだ。しかし富山城には
小さな天守閣の形をした博物館があるだけでしかも私の見たかった佐々成正関係の
資料はほとんどなかった。またもがっかり。富山市からまっすぐ南下して安房峠を
目指した。ここから松本へ抜けて中央道で自宅に帰ろうとしたのだ。その途中
奥穂高に寄った後、安房峠入口の平湯温泉で最後の温泉となった。そして松本へ抜け、
中央道で8日ぶりの自宅へとむかった。 終わり
奥穂高